Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 485

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   興福寺門跡(かうぶくじもんぜき)  一 乗院宮(じやういんのみや)  大 乗院宮(じやういんのみや)    醍醐寺門跡(だいごじもんぜき)  三 宝院宮(ぼういんのみや)    右の外(ほか) 大 覚寺宮(かくじのみや)  安居(やすゐの)宮  竹内(たけうちの)宮  知恩院(ちおんいんの)宮    関東(くわんとう)日光宮(につくわうのみや) 等(とう)其余(そのよ)数多(あまた)有(あり)又 准門跡(じゆんもんぜき)と称(しやう)するも多(おほ)けれども略之(これをりやくす) 菅公(かんこう)御 薨去(かうきよ)ありて後(のち)天神(てんじん)地祇(ぢぎ)朝廷(てうてい)の忠臣(ちうしん)の冤死(べんし)【寃は冤の俗字】を怒(いか)り給ひけん。洛中(らくちう)洛外(らくぐわい) 厄難(やくなん)数度(すど)に及(およ)びけり。古語(こゞ)にも一夫(いつふ)怨(うらめ)ば三年 登(みのら)ず。一婦(いつふ)恨(うらめ)ば百日 雨(あめ)降(ふら)ずと謂(いへ)り 是(これ)万物(ばんもつ)の長(おさ)たる生霊(せいれい)を苦(くるし)ましむる事を。天地(てんち)ともに怒(いか)り給ふ故(ゆへ)なり。増(まし)て況(いはん)や菅公(かんこう)の 如(ごと)き大 賢人(けんじん)を困(くるし)め進(まいら)せしに於(おいて)おや。先(まづ)其(その)初(はじめ)は延喜(えんき)七年八月九月 両月(りようげつ)に洛中(らくちう)洛外(らくぐわい)の 神社(しんじや)仏閣(ぶつかく)の境内(けいだい)に植(うえ)たる梅(うめ)桜(さくら)桃(もゝ)海棠(かいどう)を首(はじめ)とし。山吹(やまぶき)杜若(かきつばた)以下(いげ)の草花(さうくわ)にいたる迄(まで)悉(こと〴〵)く 花(はな)咲(さき)ければ是(こ)は珍(めづら)しき事かなとて。貴賎(きせん)とも老若(らうにやく)男女(なんによ)の差別(しやべつ)なく群集(くんじゆ)して是(これ)を見(み) 回(めぐ)りけるに。心ある輩(ともがら)は眉(まゆ)を顰(ひそ)め。例年(れいねん)皈咲(かへりざき)といふは平素(つね)の事なれど。是(これ)は夫(それ)とは事(こと)