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さこそ忝(かたじけ)なく思召(おぼしめす)らんとぞ覚(おぼ)へはんべる。菅家(かんけ)の御 書物(しよもつ)と申は
菅家家集(かんけいへのしう)《割書:和哥(わか)|一部》 菅家文章(かんけぶんさう)《割書:詩文(しぶん)|十二巻》 同 後草(こうさう)《割書:配所御作(はいしよごさく)|詩一巻》
菅家 万葉集(まんようしう)《割書:古哥(こか)ニ御 自作(じさく)ノ|詩ヲ合サル二巻》 文徳実録(もんどくじつろく)《割書:一部》
類聚国史(るいじゆこくし)《割書:二百巻》 文選文集(もんぜんぶんしう)《割書:菅公加点(かんこうかてん)|一部》 以上
其後(そのゝち)法皇(ほうわう)は朱雀天皇(しゆじやくてんわう)の承平(しやうへい)元年七月十九日 仁和寺(にんわじ)に於(おいて)崩御(ほうぎよ)なし給ひけり
崩御(ほうぎよ)の後(のち)は世人(よのひと)御室御所(おむろごしよ)の事を御門跡(ごもんぜき)と申奉りける。是(これ)は御門跡(みかどのあと)と言(まうす)事(こと)なり
因(ちなみ)に曰 後代(こうだい)に至(いたり)ては門跡(もんぜき)を宦名(くわんみやう)の如(ごと)く言(いひ)なし後年(こうねん)追(おひ)〳〵門跡(もんぜき)と称(しやう)する宮方(みやがた)
数(かづ)増(まし)たり其(その)大略(たいりやく)は
叡山(ゑいざん)三 門跡(もんぜき) 妙法院宮(めうほういんのみや) 青蓮院宮(せうれんいんのみや) 梶井宮(かぢゐのみや)
三井寺三門跡 聖護院宮(しやうごいんのみや) 円満院宮(ゑんまんいんのみや) 実相院宮(じつさういんのみや)
東大寺門跡(とうだいじもんぜき) 勸修寺宮(くわんじゆじのみや)