Gallicaの日本資料を翻刻!

コレクション: コレクション1

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ページ: 514

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一山鳴動(いつさんめいどう)して其(その)凶変(けうへん)を告知(つげしら)し。変事(へんじ)治(おさま)る時(とき)は画像(ぐわぞう)の破裂(やぶれ)自然(おのづから)愈合(いえあひ)て旧(もと)の如(ごと) し。かゝる奇特(きどく)の霊像(れいぞう)なれば。朝廷(てうてい)にも御 崇敬(そうけう)在(あつ)て今度(こんど)社(やしろ)及(および)諸堂(しよどう)を修理(しゆり)し 金銀(きん〴〵)珠玉(しゆぎよく)を鐫(ちりばめ)られ其(その)荘厳(せうごん)眼(め)を驚(おどろか)さぬ者は無(なか)りけり。同五年 大納言(だいなごん)忠平(たゞひら)延(えん) 喜式(ぎしき)六十二 巻(くわん)を献(たてまつ)られける。是(これ)は左大臣 時平(ときひら)菅公(かんこう)を擯(しりぞけ)し後(のち)我(われ)も菅家(かんけ)に劣(おとら)ぬ文(ぶん) 才(さい)有(あり)と世上(せじやう)へ知(しら)しめん為(ため)。紀長谷雄(きのはせを)を相談(そうだん)対人(あいて)にして延喜式(えんぎしき)を撰(えらま)れけるが。半途(はんと)に て時平(ときひら)薨去(かうきよ)せられ長谷雄(はせを)も死没(みまかり)けるゆへ。時平(ときひら)の舎弟(しやてい)忠平(たゞひら)兄(このかみ)の志(こゝろさし)を継(つい)で残(のこれ) るを撰(えら)み全部(ぜんぶ)して献(けん)ぜられける也(なり)。同六年に風土記(ふうどき)《割書:六十|六巻》を撰(えらま)せ給ひ。同七年 小(を) 野道風(のゝとうふう)に勅(ちよく)して先年(せんねん)巨勢金岡(こせのかなおか)が画(ゑがき)し賢聖(けんしやう)の障子(しやうじ)に其(その)銘(めい)を書(かゝ)せ給ひけり 同八年九月 主上(しゆぜう)御 不例(ふれい)に依(よつ)て帝位(ていゐ)を春宮(とうぐう)寛明親王(ひろあきらしんわう)に禅(ゆづり)給ふ。此君(このきみ)を朱雀院(しゆじやくいん) と申奉り御 幼稚(ようち)ながら賢君(けんくん)にて然(しか)も藤原忠平(ふぢはらのたゞひら)《割書:時に|左大臣》補佐(ほさ)せられければ四海太平(しかいたいへい) 皇統記図会後編巻之六大尾      にて皇統(くわうとう)愈(いよ〳〵)万代(ばんだい)不易(ふゑき)と祝(しゆく)し奉(たてまつ)りけり