Gallicaの日本資料を翻刻!

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扶桑皇統記図会(ふそうくわうとうきづゑ)後編(こうへん)巻之壱下    金窪(かなくぼ)義心(ぎしん)《振り仮名:贈_二于敵冑_一|てきにかぶとをおくる》 瑞雲禅師(ずいうんぜんじ)《振り仮名:化_二度安達_一|あだちをけどす》条 宦軍(くわんぐん)は昨日(きのふ)の軍(いくさ)に数多(あまた)士卒(しそつ)を亡(うしな)ひ手負(ておひ)多(おほ)ければ再(ふたゝ)び敵(てき)を伐(うつ)べき義勢(ぎせい)なく兵(ひやう) 糧(らう)も乏(とも)しかりければ京都(きやうと)へ飛馬(はやうま)を立(たて)て益立(ましだち)が不覚(ふかく)を訟(うつた)へ加勢(かせい)及(およ)び兵糧(ひやうらう)を乞(こひ)ける 然(しか)るに賊方(ぞくがた)の勇将(ゆうせう)金窪兵太(かなくぼひやうだ)は戦場(せんぜう)にて咽(のんど)に流箭(ながれや)を受(うけ)我陣(わがぢん)に帰(かへり)て矢疵(やきず)を療(れう) ぜしむれども急所(きうしよ)なれば痛(いたみ)甚(はなはだ)しく。命(いのち)生(いく)べしとも覚(おぼ)へざれば。兵太(ひやうだ)士卒(しそつ)に命(めい)じて昨(さく) 日(じつ)抜取(ぬきとり)し矢(や)をとり寄(よせ)て見るに。漆(うるし)を以(もつ)て大和国(やまとのくに)の住人(ぢうにん)広瀬(ひろせの)八郎 勇(いさむ)と記(しる)したり 兵太(ひやうだ)嘆息(たんそく)し。此矢(このや)の主(ぬし)の剛臆(かうおく)は知(しら)ざれども金窪(かなくぼ)程(ほど)の勇士(ゆうし)に矢(や)を射中(いあて)たるは武運(ぶうん) に叶(かな)ひし者(もの)なり。矢束(やつか)を見(み)れば小兵(こひやう)とも思(おも)はれず。あたら高名(かうめう)を人にしらせざるも残(ざん) 念(ねん)なりとて。其矢(そのや)に我(わが)着(ちやく)したる冑(かぶと)を添(そへ)て。郎党(らうどう)の中(うち)に心利(こゝろきゝ)たる者(もの)に持(もた)せ如此々々(かやう〳〵) 言(いへ)とて玉造(たまつくり)の敵陣(てきぢん)へぞ遣(つかは)しける。其者(そのもの)京方(きやうがた)の陣(ぢん)へ往(ゆき)案内(あんない)を乞(こふ)て大将(たいせう)継縄(つぐなは)の前(まへ)