翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: コレクション3

救荒事冝 - 翻刻

救荒事冝 - ページ 58

ページ: 58

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余古の後五年を扁て辛丑の歳。郡宰となりけるに。その頃盤穀物は 相応尓出来。民食尓乏しからねと。先手凶荒の時より。末迄借金 /嵩(かさ)み。下の困窮更尓甚し。其故は。凶年尓は賑救もあり。用捨筋も ありて。なにかなしにたちゆ希と。却て豊年尓なり。借財の古りて 困窮せる也。かゝる時よくせずは。唐山尓いへる/豊逃(不うとう)といへる事となり。 離散逃亡多かるへき尓。幸尓上よ里民境を察しゐひ。有司の □の如く。数万の積欠を消除しゐひしかば。民とも業を安し。 不どなく𦾔尓復せり。ありかたき事也き。  文久辛酉の秋          正謙又識 跋 昔者禹招洪水而民安其居后稷教之 稼穡る樹藝培養之道皆行其宜 故官失其政?庶民被害書云歳月日 時易百穀用不成君人者可不鋈干 此哉去歳五月我濃洪水高灾下民昏 墊 公憫然傷之大行賑恤急修堤防民乃定