翻刻
我朝え蚕開けしと云也恐れ多くも御殿の御粧ひを申奉
るに言葉にも尽し難し銅(あかゞね)をもつて築地をつき池には
瑪瑙(めのう)の石を畳み金の垂木まにの玉を錺(かざ)り壁は《振り仮名:浄■梨|しやうはり》【注】
扉(とびら)は金銀/瑠璃(るり)のこふしに紫金(しこん)を交(まじ)へ絵かくには画図(ぐはと)を
尽し玉の簾(すだれ)錦の帳種々の華縵(けまん)をかけ枕(まくら)は珊瑚樹(さんごじゆ)
珠座は珠玉金銀を鏤(ちりば)め庭にはとこしなへに四季を尽し
国土の諸木名花を植池水には三伏の夏をわすれたり
□□【凡心】の巧(たくみ)に求め尽さずと云事なししかのみならず億(おく)千の
蔵あり珠玉金銀の瓔珞(ゑうらく)を以其身を荘厳(さうごん)し栴檀(せんだん)
沈(ぢん)水の薫(かほ)り殿中に充満(みち〳〵)たり
則かくのごとくの御屋形に御座在(おはします)霖夷大王也御 妃(きさき)に光契(くはうけい)夫
人(じん)と申奉る御姫君には金色蚕姫と申て我朝え蚕御始め
給也或時光契夫人と申奉御妃悩ませ玉ふ事次第に重らせ
玉ふて普天卒土(ふてんそつと)の神祇(じんぎ)を行ひ玉ひ医療(いりやう)を尽といへとも
自業自得(じごうじとく)の病ひなれば終に空しくならせ給ふ大王を始め奉り
公卿(くきやう)殿上人内殿外殿の臣下を始め百官六位に至るまて
愁傷(しうしやう)の袖をかざし姫君も御/歎(なげ)き悲(かな)しみ玉へ共其甲斐もなく
月日を送り給ふ霖夷大王には妃渡らせおはしまさではとて
毘舎離国の王より大液(たいゑき)夫人と申御姫君を妃に御むかへ
参らせける大王にも古(いに)しへ皇后の如くには思召さず
【注 ■は「皮+艮」・「頗」ヵ】