翻刻
あからさま也姫君も継母(けいぼ)の事なれば尤歎きぞ増りけり
かゝる處に彼妃よの人に変(かは)りて邪見放逸(じやけんほういつ)の人也とりわけ
姫宮を憎(にく)み給ふていろ〳〵讒言(ざんけん)し悪逆(あくぎやく)日々に増長して
或時妃の巧みにて獅子吼(しゝく)山と云山あり彼山 深(しん)山にして
そこばくの年月を経るといへ共人の通(かよ)ふべき事なし
栖(すむ)獣(けもの)には獅子王と云けだもの計(ばか)り多かりき一切の畜類(ちくるい)を
取喰ふ故(ゆへ)に鳥獣虫の類一ッもなし人倫の影(かげ)をさすと
いふ事なくかゝる恐しき山え姫宮を流し失ふべしと仰られ
彼官人共主命是非もなしとは云ながら捨られける
継母の中の情なき事やあらんと諸人申 敢(あへ)けり
去(され)ば姫宮は彼山に一人おはして涙とともに月日を送り給ふ其山に
獅子多くすむといへ共姫宮をあやまり申事もなく却て
礼拝し奉る衣食物を求めて参らせけるかゝる程に星霜(せいそう)を
送らせ給ふ或時彼山の獅子姫宮の前に来てひざまづき
頭をうなたれて礼し其後己れがせ脊を向けてうづくまる
姫宮はいづくへ行はとておしからぬ命にもあればこそと
思ひ給ふて獅子に打乗り玉へば余所(よそ)へは行すして天子渡らせ
玉ふ紫宸殿(ししんでん)の床(ゆか)に下し奉りて獅子は其 侭(まゝ)帰りぬ然る
處に公卿大臣姫宮を見奉り御歎きは限(かぎ)りなし斯(かく)の如く
かしつき奉れは又或時彼妃の所行(しはざ)にて姫宮を弥にくみ