翻刻
玉ひて此度は内裏より遥(はるか)程遠き山あり是も国の傍(かたわら)也
鷹群山(ようぐんざん)と云山なり又官人に課(おゝ)せて流さるゝ彼山高く
険阻(けんそ)【注】の山なり春夏秋をしらず雪降山なり鷲(わし)鵬(くまたか)の多
かりきゆへに鷹群山とはたかむらがる山と人云也この山にも
月日をおくり木の根を枕に苔(こけ)を袵(しとね)として露霜雪を襖(ふすま)とし
明し暮し給ふ是も鷹共参りて食事を与(あた)へ奉るかゝる処に
帝(みかど)より鷹をうたせに多くの兵を遣はさる渠等(かれら)山へ分入り
数の谷峯を登る然るに至ればある木の本に容顔美麗(ようがんびれい)の
やさしき姫宮渡らせ給ふ能々見奉れは我主君の姫宮也
急(いそ)ぎ申上奉る何としてかゝる恐しき処へ行幸(みゆき)ならせ
玉ふぞと申ければ我は継母の□【所】行に依て此山え流さるゝ也と宣(の玉)へば
みな〳〵御 痛(いた)はしく思ひ鷹をばとらずして都(みやこ)へ御 連(つれ)帰り
帝え斯と奏聞(そうもん)申奉れは御悦ひは限りなく其後は別に宮を
造(つく)りて居置(すへおき)給ふ妃猶憎き事に思ひ其後は遠き島へ放され畢
□【彼】島は海岸(かいがん)山とて地ゟ抜群(ばつくん)隔(へた)て程遠き島也 船路(ふなじ)三日
□□【計り】也此島には木竹苔の類なくかしけたる巌(いはほ)のみある斯(かゝ)る
所に月日を送らせ玉ひて久しく住給ふ或時釣の小舟風に
吹放されて島の辺え舟ゟ上り此姫宮を見奉りて御痛はしく
思ひ奉り我舟に乗せ参らせて本国え帰り内裏に移し奉り
其後は公卿大臣□□【日番】を盛んにして守り申されけり夫より
【注 「険阻」の原文は「𡸴岨」】