翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

火水風災雑輯. [2] - 翻刻

火水風災雑輯. [2] - ページ 50

ページ: 50

翻刻

爰二百九十九年明暦三年正月十八日十九日のことなるが本郷丸山本妙寺ゟ出火して をりしも西北の風つよく湯しま浅くさ馬道小石川三ヶ所ゟ同時二もへあがり大火と相なり 四ッ谷かうじ丁あざふ下丁共二十三日二なります〳〵風はげしく火につゝまれけむりにまかれ 死するものかずしれず十八日十九日とやけ市中二ハのこる/家(いへ)すくなく四り四方/野(の)はらと なり江戸はじめての大火なれば人々あハてまどひ老若男女上下のしゃべつなくこんざつして ふミころされやけしにめもあてられぬありさまなりかゝる大火のことゆへ/諸(しよ)御大名様御しろへ つめられける此時松平/陸奥(むつ)守様ハ江戸四方の入口品川口へハ人数千人き馬廿人四谷口へ人数 五百人き馬廿人/板橋(いたばし)口へ人数五百人き馬十人千/住(じう)口へハ右同断をの〳〵はた馬印かつちうをちや くしえものをたづさへかためられたりかゝる大火に十万八千人焼死たる其なきがらすて所なく /本所牛島新(ほんしようししましん)でんのぬまへうづめ/其上(そのうへ)へ/一宇(いちう)ざうりにして/諸宗山回向院無縁寺(しよしざんゑかうゐんむえんじ)とハなづけられ たりのちに/芝増(しばぞう)上寺のばつとなり/豊国山(はうこくざん)回向院/無量寺(むりやうじ)と/改号(かいごう)せられしと也/元禄(げんろく)六年 十万八千人焼死人のためしなのゝ国/善光寺如来(ぜんくわうじによらい)日/数(かず)六十日/本堂(ほんどう)におゐてくやうあり これ/開帳(かいちやう)のはじめ也「万治元」日本ばしかゝる同二年両ごくばしかゝる/安永(あんえい)元二月 廿九日大南の風つよく目/黒行(ぐろぎぎうやう)人坂ゟ出火してその火八方へ/吹(ふき)ちり大火となり/千住(せんじゆ)かもん /宿(しゆく)まで焼よく/日(じつ)西北にて/浅(あさ)くさへかへりし時馬道へんの焼るころ/観(くわん)をん/堂(だう)へハ火のこも きたらずさバかりの大火をのがれしこと/実(じつ)にきなることにハあらざるや明暦三正月十八日 十九日馬道ゟ出火しずい/神門(じんもん)の焼たる時あめふりくわんをん堂へつ/条(でう)なしといへり又 浅くさ道ゟ/堺(さかい)町松しま丁廿九日に焼のこりたるば所焼かへりたるもめづらしき大火なり 焼死人/多(おゝ)き中にも/芝(しば)西の/久保神谷(くぼかミや)丁のものなるよし年のころ廿七八とおぼしき女/当(たう) 才と三四才の子両のわきの下へかゝへ天徳寺のはか所の地上をほり子供もおのれも そのあなへかほをおし入しにいたりしる人これを見つけそのおハとにしらせ引取はうむる 女ながらもかくごよくしにてもかほやけたゞれなるものなりといふことしれずかほ さへ焼ずバ/犬(いぬ)じににもなるまじと/早速(さそく)の/工夫地上(くふうちじやう)をほりかほを/土(つち)にうづめたるハ げにあハれなることなりやけし人八千五百人ハ八十四年「天和二同三元禄」 「十六」極月廿九日「享保二」正月廿一日同九年三月芝口御門焼る「延享三」 二月晦日「宝暦十」二月六日「安永元」二月廿九日「天明六」正月「寛政四」 七月廿一日/麻布(あさぶ)かうがいばしゟ小石川に十人町まで六十四年同六年正月 十日市ヶ谷ゟ芝増上寺黒門まで六十二年「文化三」三月四日高なわゟ あさくさしんぼりまでやけ死人五百三十人五十年「文政十二」三月二十七年 「天保五」二月七日九月十日廿二年「弘化三」正月廿四日青山ゟ高なハ迄焼死 人三百八十四人十年「安政元」十二月廿八日神田多町辺ゟ出火して日本橋迄焼