翻刻
【右丁】
盛政終に城をさつて北畠殿の御方に参る《割書:事 太閤記幷に|家忠日記等あはせ》
《割書:按ず|へし》盛政か嫡男修理亮重政はしめは長次郎と申して
是も織田殿につかへ佐久間右衛門尉信盛か手に属す信盛
罪かうふつて高野の奥にこもりしに彼か手の兵二万
余騎をの〳〵さま〳〵なりゆきしに重政一人信盛か先途
を見んするとて同しく高野におもむく扨も岡田 既に
誅せられぬと聞て 秀吉大にいかり軍勢を催し伊勢
の国に発向す佐久間駿河守正勝北畠の御方して長二郎
重政等を宗徒の大将とし都合其勢五千余同しき
三月九日嶺の古城に要害かまへ亀山の城を攻んとす
【左丁】
同十日秀吉の軍勢嶺の城にをしよす正勝重政
うつて出つ みかた散々にうちなされうたるゝもの
三百余人正勝すてに自害せんとす重政大にいさ
めて城中に引返す敵つゝゐて攻来る 佐久間 山口
又城中より きつて出つ 徳川殿の御勢うしろ
まきすと聞えしかはよせ手は城を攻も得す日既に
暮におよひけれはうちのこされたる軍兵を引具して
正勝重政一方をうちやふつて 長島の城に帰り
けり政勝又尾張の国蟹江の城にこもり 重政
大野の城にこもるかゝる所に正勝北畠殿の仰に