伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(六) - 翻刻

藩翰譜(六) - ページ 80

ページ: 80

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【右丁】 むかし公方慈照院殿茶の事をすかせ給ひ書画より はしめて万の器具皆古の物を翫ひ多くあつめ たくはへ真能《割書:童坊なり 中尾氏能阿弥といひ|また春鴨斎と号す》真芸《割書:能阿弥|か子》 《割書:芸阿弥といひ又|学叟と号す》真相《割書:芸阿弥か子相阿弥と云|鑑岳又松雪斎と号《割書:ス》》等をして茶を 点する儀則を議せらる 此時南都 称名寺の僧 珠光これも 此道のすきものにて将軍家愛し思し めし頓て還俗させつねにそれか家へならせたまひし 《割書:六条也堀川のほとりに|珠光か家ありしと云》これよりして此風をまなふ人世にすくな からすといへとも此後は 和泉の国界の浦の住人武野紹【沼】鷗と いふ是其道の宗匠なり《割書:此人武田信光の後胤 初因幡守仲村と|いふそのゝち乱をさけて大黒庵一閑と号《割書:ス》》 【左丁】 それに弟子千利休《割書:先祖足利の童坊千阿弥か後|田中氏也泉州さかいの住人なり》これは織田の 右府豊臣太閤当代の御師範なり古田織部正重能 利休上足の弟子にして政一また古田か第一の門人 なりその道の事はいふに及はす手よく書歌よみ 眼高く書画古の器翫こと〳〵く其鑑定を待て 世の価を高下すされは水より出し氷藍より出る 青き色世々の先達を超過して上中下のもて なしたとへをとるにこと葉なし其子備中守政【ママ】之 父か家をつき 父か風をのこせり其子 和泉守政延 延宝二年父か家をつぐ