翻刻
ねめ介。朝(あした)家(いへ)を出て夕(ゆふべ)此 野(の)にいたる心を狂詠(きやうゑい)せよといへば。筍斎
たつみむに観音(くわんおん)堂のひつじさるとりへ野(の)にきく入あひのかね
といひ捨茅(すてかや)が軒(のき)にかへりぬ
二 花は散(ちる)黒谷(くろだに)の夢(ゆめ)
けふは黒谷(くろたに)に志(こゝろざし)加茂(かも)川を越(こえ)。南(みなみ)は聖護院(しやうごゐん)の森(もり)北に岡崎(をかさき)のさ
とに入。蓼倉(たでくら)の薬師(やくし)を礼(らい)し金戒光明寺(こんかいくわうみやうじ)にまうづ。爰(こゝ)には
八重(やえ)はすくなく山 桜(ざくら)の盛過(さかりすぎ)しを嵐(あらし)の誘(さそひ)てこゝかしこに
吹乱(ふきみだ)したる景気(けいき)えもいはれず筍斎
黒谷にしら毛(が)ましりの花の雪ところ〳〵ははげて金(きん)かい
本堂(ほんだう)のむかふに吉田寺(きちでんじ)の観音まします洛陽(らくやう)三十三所のひ
とつなり。つゞきに石仏(せきぶつ)の地蔵(ちざう)弥陀(みだ)のざうたち給ふ。筍斎手
を打てこれ〳〵ねめ介。我(われ)かあたまのろきなとて日頃(ひころ)人々
に笑(われ)われたるが。仏(ほとけ)にも是見よさん〳〵いかひつふりかなといふ
を。ねめ介又さゝやきてことも愚(をろか)や此 御仏(みほとけ)は成仏(じやうぶつ)以前(ゐぜん)衆生(しゆじやう)の
ためにかうやつれさせ給ふ御 姿(すがた)。五 劫(こう)思惟(しゆい)の如来(によらい)とこそ。き
けといへば。いや夫(それ)は誤(あやまり)五 劫(こう)腫気(しゆき)の如来といふなり。されば弥(み)
陀(だ)の御 願(ぐわん)にも代(だい)十八匁のぐわんやくにて衆生(しゆじやう)の病(やまい)をすくひ
給ふ其上といふ所を。ねめ介あな笑止(せうし)こなたへとつれて
のく。東(ひがし)に向(むい)て開山(かいさん)の御 廟所(べうしよ)勢至堂(せいしだう)此 砌(みぎり)は皆(みな)なき人のかた
み。所を諍(あらそ)ひ五 輪(りん)そとばの苔(こけ)青(あそ)〱焼香(しやうかう)霧(きり)と立のぼる中
に石の牌(ひ)のそばに。かんなにてあつもりくまかへどしるしたる有
貴賤(きせん)俗名(ぞくめう)を呼(よん)でゑかうする事たえず。ぼだひは縁(ゑん)よりおこる
【参照資料:国会図書館デジタルコレクション>浮世草紙刊行会叢書>第1巻>新竹斎>巻之一-二 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953502/154】