翻刻
の者(もの)鮎(あゆ)といふ魚を売(うり)に夜通し京にのぼる去年(こぞ)の
夏にや例の魚篭(あじろ)をになひてたゞ一人行けるを。山だち三
人取こめてたゝきころし古き単(ひとへ)をはぎて帰りぬきう所(しよ)
をいたううたれながら片息(かたいき)残て道行(みちゆく)人に始終(しじう)をかたり
終て死す。誠(まこと)に物には事毎(こと〳〵)心をつくべき事に侍り。
此男道のたくはへにやき飯(いひ)三つ三尺帯につゝみ。こしにつ
けたるを。いかさま金銀(きん〴〵)の類なるが。魚荷(うをに)にさまかへて京
に出るよと推して命(いのち)をとりし物とぞ。その者(もの)のなき
あとのしるしゑかうして御 通(とを)りあれと語る。げにあるべき
旅途(りよと)の心得かなとて筍斎
鮎(あゆ)うりのかたちは鮓(すし)に埋(うづも)れて五輪をつみしつか原のさと
猶くつかけのさとをこえて。やう〳〵いそけばかめ山の酒(さか)やに
尋入ぬ。亭主(ていしゆ)出むかひ悦(よろこぶ)暫(しはし)休(やすみ)て病人(ひやうにん)を見る。父母(ちゝはゝ)先心もと
なく病性(ひやうしやう)をとふ。疳(かん)でごさると。かんは五疳(ごかん)とかや承(うけたま)る。何と
申かんでかさるといへば。いかにも五(いつ)色有皆むつかしひ性(しやう)なれど。くる
しからぬ。昔天子の五色(こしき)の疳(かん)を一 度(ど)にうけ給ひて。しかも
つかへがありしかと。長生あそはしたる例(ため)しがある。是は終(つゐ)にきゝ
及ばぬいづれの御代の事におはす。御存あるまひ。是はもろこし
ごかんのみかどにつかへ奉るといふが其事に侍るといへば。亭主あ
きれながら。五かんは何々ととへば。筍斎目をすがめ。五かんは先
やうかん。らくがんみつかんの類(たぐい)。皆くひ物の過てより出る。是のは
酒かんといふて。酒のかんか。あたつて出たる也。といへば。亭主(ていしゅ)聞て我