翻刻
爰に八月 始(はじめ)の日松の尾(を)の神わざにて。鳥居のもとに相撲(すまふ)を
とる事ありけり。昼(ひる)よりすまふの場(ば)ならしに。十一十二四五六迄
の小すまひを始れば。次第〳〵に大きになるすくれたるとり
てには先。立石藤つな小船返。源の大竹飛ぐるま。岸(きしの)白菊。女(おみ)
郎花(なへし)松風。雷電(らいでん)竹の介仁王をそねむ大兵ども。どんすひざや
の三重まわり。大なで上に。半かう剃(ぞり)。其外たんばつの国ぢ伏み
大津の陽気者(うはきもの)。所せき迄なみゐたり。社 務(む)の浅(さん)敷数十間段
た(〳〵)に見物ある。筍斎も友だちがたらひいひ合。皆赤はだかに着(き)
物をぬぎ。一 僕(ぼく)にかづかせ。坊 主(ず)つぶりに鉢巻(はちまき)して。とりてと
同し〱ならびゐぬ。小ずまふ漸(やう〳〵)半(なかば)になりて。行事筍斎
をさしづし角(すみ)まへがみに合せたり。すまふは終(つゐ)にしらねども。例(れい)の
血気(けつき)におかされ憶(をく)せず。むずと取むすぶ。たつより早(はや)〱打たふ
されおとがひさすつて起(をき)なをる。又おしわけてとらすれば。そ
りにいられてはねこかさる。是にもこりず出てはまけ。取てはつ
よくなげらるゝ事すきまもなし。行事 余(あまり)に笑止(せうし)がり。弱(よわき)
相手を拵(こしらへ)かたするやうにしけるにぞ。やう〳〵かたやに押(をし)つけ三
番(ばん)打を仕(し)たりけり。いかめしくきそくし胸(むね)いたをおしなで
声作(こはづくり)してひかゆるに。行事御 名乗(なのり)はと問(とひ)けれどなのる用
意(ゐ)もあらばこそ。つれの男三人めん〳〵心 得(え)置たりとみえて
一どにくち〳〵にぞいひける。ひとりの男はかしら巻(まき)と申といへば
ひとりは□(しま)蟹(がに)といふ。今一人は闇(やみ)の夜と申すと事やかまし
〱。行事聞取ず。此内に筍斎 拵(こしらへ)てよしの漆(うるし)と名乗(なのり)ぬ