翻刻
大臣座をたつて床に入は。筍斎もおなしく枕をならふ。筍斎
いひよらんよすがもなく。何と女郎様は何歳(いくつ)ぞと問(とふ)。上の句の
文字(もし)あまりで御ざんす。十八でおはすよ。にくのこたへやとほと〳〵
とたゝひて。十八公(しうはちこう)の粧(よそほひ)松(まつ)の部(ぶ)にもたぐひは。御ざなひといへは。是
は身に余(あま)りまするおことばの露玉かづらの草のたねが。何とて
か松におよびませうと卑下(ひげ)するもいとをし。うちつけなから
何れの国の誰(た)が世にか種(たね)を蒔(まゐ)てかゝるうつくしき蔓(かづら)は生(をひ)出けん
といへば。いかゞははねの松ならば答(こたへ)もせめ。うきふししげき呉竹(くれだけ)
の里より。よの住うきにすさめられて。此つとめの身と成侍ふと。しみ
〳〵と語るに伏見の生(うま)れとはおもほへながら。沢田の水の浅(あさ)くは
たどられぬ言葉(ことば)づかひ心にくし。力もあらばねびきにと思ふ心の萌(きざす)は
げに深きえにしなりや。枕(まくら)に立し火影(ほかけ)の屏風(びやうぶ)に小町が
侘(わび)ぬればの歌有。筍斎あだ口にひとりごつ
わびぬれば身をじゆんさいの根(ね)をたえて
といひけれは女郎とりあへず
さそふ水(すい)あらばいなんとぞおもふ
とつけけり筍斎 尚(なを)きもをけし此道をさへ心得たるやさし
さ。よし水 草(くさ)の水くさくとも。我すく道のよき友(とも)ぞと
此後は大臣にさへかくれて。ひたすらかよひけるほどにつゐ
に根引(ねびき)の玉かづら。命(いのち)をかけてなづみしより大 臣(しん)を頼
て家のつまとさだめ。男だてをやめけるぞとりへなる
新竹斎巻之二