翻刻
にて地(ぢ)をかへしや〳〵と。馬上(ばしやう)より口々いへば。みやづこ答(こたへ)て
おるす〳〵といふ。子細(しさい)をきけば往昔(そのかみ)此山 藤(ふぢ)の森(もり)の境内(きやうだい)
なりしを。此 神(かみ)にそめ借(しやく)やだてをなされ。おも屋をとらせ給
ふ其 故(ゆへ)。居体(ゐなり)大明神と申す。されば負(おほ)せかたなれば。深草(ふかくさ)の
氏子(うぢこ)。年(とし)ごとのけふかやうに申すと。茶(ちや)を煮(に)るうはがのふだ
やうにかたるは。誠(まこと)にや筍斎つぐ〳〵おもふ。夫(それ)いなりは福神(ふくがみ)に
て人にさへ願(ねが)ひをかなへ。万(よろつ)のさいあるにかりたる所をせかまれる
すをつかふて帰(かへ)させ給はぬ。我等(われら)ごときは科(とが)ならずなどつぶや
き。爰(ここ)より藤(ふぢ)の森(もり)をのるときけど。みもらさじとするはいたり
すくなしとこびて。宇治路(うぢぢ)に行たつみにかゝれば大 亀谷(かめたに)昔(むかし)
此山あひより大きなる亀(かめ)の出たる故。此名ありとも又 夜(よ)ごと
狼(おほかみ)おほ〱出(いつ)る故狼谷といふと二 説(せつ)に書(かき)し筆(ふて)が坂。左に
古御香(ふるごかう)の宮。やじな峠(とうげ)の坂をおりて。六 地蔵(ちざう)右にあり。かの
西光(さいくわう)が建立(こんりう)六 体(たい)のひとつ也 橋(はし)をこえて山はたのさと五ケ
の庄(せう)。弥陀(みだ)次郎のみた堂(だう)あり。昔(むかし)此さとに次郎太夫といふ狩(かり)
人(うど)昼夜(ちうや)殺生(せつしやう)を業(げう)とし後世(ごせ)のおそれ露(つゆ)なかしりに。ある時あ
んぎやの僧。是が家(いゑ)に宿(やど)り給ひぬ。其夜しも鹿(しか)をおほく
射(ゐ)とりて。山より帰(かへ)る和尚(をしやう)御なみだの下に
身におもき罪(つみ)を荷なはゝ五荷(こか)の庄(せう)しかのうらみや日々にますらを
との給ひ。殺生(せつしやう)の報(むくひ)の恐(おそろしき)さま〳〵念仏(ねんぶつ)の功徳(くどくの)めでたき品(しな)
を念比(ねんごろ)に教化(きやうけ)し給ふより。忽(たちまち)発露(はつろ)啼泣(ていきう)して一 心(しん)ふ乱(らん)の念
仏 者(しや)になり大 往生(わうしやう)せし其 持仏(ぢぶつ)なればとて。今に弥陀(みだ)二郎と唱(となふ)