翻刻
薮(やぶ)の下ふく下(した)かぜに。名(な)とりのたはこ薫(くん)じては。鼻(はな)つきとをす鑓(やり)
持の奴(やつこ)茶やとは強(こは)けれど。色ある姿(すがた)なれ〳〵敷(しく)よらんせのこゑ
にくからず。哀(あはれ)ひよくの諸羽(もろは)の宮。天にあらばとあふのけは雲(くも)にそび
ゆる毘沙門堂(ひさもんだう)。鞍馬(くらま)の告(つげ)にひとしくは。我を守(まも)りたび給へと祈(いのる)
心の六 地蔵(ぢさう)。実(げに)此ほさつは悪趣(あくしゆ)の苦(くるしみ)を。かはつて請させ給ふと
や。我には後(ご)世よりちかみちの現当(げんとう)の世わたらひをまもりて給
はれと隣(となり)の十 善寺(ぜんじ)に足(あし)休(やす)めて
六ぢさう七八うけてくをぬきて十せんし川 渡(わた)りやすかれ
右に高(たか)きは牛(うし)の尾(を)山 追(をい)わけ越(こえ)て。直(すぐ)な道 横木(よこぎ)にきなす古紙(ふるへがみ)
子(こ)ほころぶ。すきま寒(さむ)ければ。池(いけ)の川ばり糸(いと)による物とはなしに
別(わか)れ路(ぢ)の都 隔(へだ)てゝ心ぼそ。静(しづか)にゆかぬ走井(はしりゐ)を杉村(すぎむら)うつす。相坂(あふさか)
の関(せき)の清水(しみづ)を酒(さか)やかと。さかゞみの宮名もゆかし守随(しゆすい)が秤(はかり)めに
かけて三井寺のかね腰(こし)につけ。だみたる恋を柴(しば)や町やかるゝたねと
知(しり)ながら猶(なを)もえくゆの燃(もえ)やすき。けふりくらべの松もとや。番馬(はんば)の風
の寒(さへ)かへる。兼平(かねひら)が塚(つか)苔(こけ)朽(くち)て。今 井(ゐ)は残(のこ)る名のみなる。碑(ひ)の銘(めい)
見する。石(いし)山の月に昔(むかし)のこととはん光源氏(ひかるげんし)の物語。実(まこと)に似(に)てもうそ
すごき。水の青 淵(ぶち)せたの橋(はし)。のぢのしのはらたどりきん。草津(くさつ)につく
や姥(うば)が餅(もち)。実(げに)や此餅はめいどて鬼(おに)が問(とふ)と云いざたうべんと腰(こし)かくれは宿(やど)の女
姥(うは)老(おい)てあへたる餅(もち)のうれよきはかりにもおにのとへば也けり
と古歌(ふるうた)をほんあんしたる。此 渡(わた)り草津のやくらと云と聞てねめ介
休(やすら)ひのおあしを出してあたゝまる餅はこたつのやぐら也けり
左の方は雨(あめ)による。みのかいとうのもり山や右にてる日のかげまろきぬふ