翻刻
ちがくやくら七つの大こうてば夕のかげにさそはれ
にしの京に
かへりぬ
新竹斎巻之三
新竹斎巻之四
一 西の京の闇(やみ)日の出(で)の東路(あつまぢ)
筍斎(じゆんさい)有し毘沙門(ひしやもん)の告(つげ)に任(まか)せて。武蔵(むさし)にくだらんと思ふより
都の内はすまぬまされりと。日 毎(ごと)芝居(しばい)の遊興(ゆうきやう)に出しを。世人(せじん)訕(そしり)
て大 悪性(あくしやう)の名をたて。ならずの森(もり)の柿(かき)の木。みを持(もつ)すべを不_レ知
古かね買(かい)が目にも殈(つぶし)にならで見たてず。其比又何 者(もの)かしけん門(かど)の柱(はしら)に
跡さきのしまりなければ身をもたずひやうたんあたまかろき身上(しんしやう)
此さいそくに心せきて猶(なを)取あへずくだりぬ。けふ思ひ立 旅衣(たひごろも)九重(ここのへ)の
都を出て。いつ帰るべき行衛(ゑ)とも白川(しらかは)わたす石橋(いしはし)のくちぬ身な
らば。あはた山日の岡(をか)めぐる牛車(うしぐるま)我もよだれと水 鼻(はな)のくだり坂
とてなま長(なが)き。げほうあたまのあぶな〳〵うき御陵(みさゝき)の草(くさ)を分(わけ)
【参照資料:国会図書館デジタルコレクション>浮世草紙刊行会叢書>第1巻>新竹斎>巻之四-一 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953502/181】