翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: 模範解答付きコレクション1

新竹斎 5巻 - 翻刻

新竹斎 5巻 - ページ 49

ページ: 49

翻刻

ちがくやくら七つの大こうてば夕のかげにさそはれ                にしの京に                   かへりぬ 新竹斎巻之三 新竹斎巻之四    一 西の京の闇(やみ)日の出(で)の東路(あつまぢ) 筍斎(じゆんさい)有し毘沙門(ひしやもん)の告(つげ)に任(まか)せて。武蔵(むさし)にくだらんと思ふより 都の内はすまぬまされりと。日 毎(ごと)芝居(しばい)の遊興(ゆうきやう)に出しを。世人(せじん)訕(そしり) て大 悪性(あくしやう)の名をたて。ならずの森(もり)の柿(かき)の木。みを持(もつ)すべを不_レ知 古かね買(かい)が目にも殈(つぶし)にならで見たてず。其比又何 者(もの)かしけん門(かど)の柱(はしら)に   跡さきのしまりなければ身をもたずひやうたんあたまかろき身上(しんしやう) 此さいそくに心せきて猶(なを)取あへずくだりぬ。けふ思ひ立 旅衣(たひごろも)九重(ここのへ)の 都を出て。いつ帰るべき行衛(ゑ)とも白川(しらかは)わたす石橋(いしはし)のくちぬ身な らば。あはた山日の岡(をか)めぐる牛車(うしぐるま)我もよだれと水 鼻(はな)のくだり坂 とてなま長(なが)き。げほうあたまのあぶな〳〵うき御陵(みさゝき)の草(くさ)を分(わけ) 【参照資料:国会図書館デジタルコレクション>浮世草紙刊行会叢書>第1巻>新竹斎>巻之四-一 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/953502/181】