翻刻
をしぬひでかゝりけるが。都鄙(とひ)の陽気(やうき)ものども諍(あらそひ)いきつ
て寄(よせ)つけねば
大 勢(ぜい)のひきてあまたに成ぬれはおもへどえこそたよらざりけり
と打かこち行。子安観音(こやすのくわんおん)右にあり筍斎はつまをもたねば
泰産(たいさん)をいのるべきふしもなし。西門(さいもん)より朝倉堂(あさくらだう)田村(たむら)
堂 本堂(ほんだう)を作礼(さらい)し。奥(をく)の院(いん)にまうづ。いつも絶(たえ)せぬ当(たう)
寺(じ)の参詣(さんけい)。わきて時ある花(はな)のさかりいひ出るもことふるし
や。舞台(ぶたい)より見おろせば。滝詣(たきまうで)の男女(なんによ)ゆかたそぼぬれて。壱
町斗の石壇(いしだん)をのぼるありおるゝあり。かゝる時や此 滝(たき)を
布引(ぬのびき)とも見るべくねめ介のいふ男の詣(まうて)はめにたつ斗もな
し。若(わか)き女のゆかた姿(すがた)とり上がみ何 祈(いのる)るらん心にくし
といへば筍斎(じゆんさい)聞(きゝ)てしらずや此 滝(たき)は恋(こひ)の水上(みなかみ)ぬれの元祖(ぐわんそ)
上(かみ)に牛王(ごわう)の姫(ひめ)ありて。下(しも)にながれの女をすます。あさまし
や女の身なれば一 夜(や)で落(おち)てと読(よみ)しも此 滝(たき)とあはう口
いひつゞくるを。ねめ介 笑止(せうし)がり口に手あてゝいひやみぬ扨
片(かた)すみにあぐらかいて。焼飯(やきいゐ)とり出一 瓢(へう)をかたふけ。楽(たのしみ)此うち
にありとあたまたゝくも余念(よねん)なしや。やう〳〵日 既(すで)に傾(かたふけ)ば。そ
こを立て又 西門(さいもん)の西南(にしみなみ)のほそ辻子(づし)に入。鳥部野(とりべの)にゆく道也。
景清(かげきよ)か篭(らう)の谷(たに)とて。閑渓(かんけい)物すごき所を過(すき)て大谷山 鳥(とり)
部野に出。爰(こゝ)にも野(の)がけ山あそびの酒宴(しゆゑん)のまくは数(かず)々
ながら花ぞちりけるといふ。かねの音(をと)に驚(おどろき)。各(をの〳〵)氈(せん)絵蓆(ゑむしろ)とり
もたせしどろ足(あし)もと打もつれて京にかへるこそうつゝなけれ