翻刻
すへぬ月日の影(かげ)かたふくよはひの今(いま)此一所にかゝる所作(しよさ)し
けるとぞ。げにや紅(くれなゐ)は園生(そのふ)にうへてもよきいろのうつりかは
らぬに。替(かは)りはつるまゆの霜(しも)こそにくけれ。こゝを出て八坂(やさか)の
塔(たう)を見あげ。まさや昔(むかし)此 塔婆(たうば)帝都(ていと)のかたにゆがみしを。
浄蔵(じやうざう)貴所(きそ)といふ大とこの祈(いのり)てゆがみをなをせしとぞ
さいつ比 富尾(とみを)何がし此所にて俳句(はいく)あり
浄蔵(じやうざう)ありや昼(ひる)にかたふく八坂(やさか)の花
筍斎はまた
其人に祈(いのり)なをしてもらひたし我 身上(しんしやう)のたふれかゝるを
此 隣(となり)十 輪院(りんゐん)本尊(ほんぞん)不 動明王(とうみやうわう)弘法(こうぼう)大 師(し)秘符(ひふ)疱瘡除(はうさうよけ)
の札(ふだ)当 院(いん)にあり。猶あゆめば左(ひだり)に霊山(りやうぜん)の入口ざしき
能(のう)ありと人々のゝめき行。ねとりの笛(ふえ)の東風(こち)にひゞく
をあちに聞捨(きゝずて)通(とを)れば。爰(こゝ)なん京 土産(みやげ)に書(かき)し大 同(どう)二
年の翌年(よくねん)【左ルビ「あくるとし」】に筑(きつき)けん三年 坂(ざか)おそるべし。此坂にてこ
ろびし人三 年(とせ)めに死(し)するといふ帯(おび)にとり付(つき)こかすなと
いひもあへぬに。薬缶頭(やくわんあたま)の上(うは)かぶき。とある小 石(いし)につまづき横(よこ)
さまにたふれながら。ねめ介をしかりて。鈍(とん)なやつかな主人(しゆじん)
をうつふけにしをつてといへば。押(おせ)せと仰られてから是(これ)こそ
坂ねだりといふ物なれと主従(しゆじう)笑(わらひ)になつて行。ゆんでに
優婆堂(うばだう)めてに経書堂(きやうかくだう)。続(つゞひ)て経蔵(きやうざう)あり参詣(さんけい)のわかうど
偏(ひとへ)に右の肩(かた)をあらはにして。念彼観音(ねびくわんおん)の力(ちから)わざ。此 車(くるま)
をまはすに。一 切経(さいきやう)をくりたる功徳(くどく)ありとかや。筍斎も肩(かた)