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別当杢左衛門覚書曰十二月八日に天草之敵共小
舩余多に乗原之城江罷越候事
島原記曰爰に時貞か父甚兵衛与云者有り冨岡
之国を出て天草郡上津浦与云所に宗門をか
たらひ居堂りけるが歳月之存念事未成就時運
不至兎やせん角や有満しと案し煩ふ所に慈
愛之四郎か許ゟ申送りける様は宗旨退治之
為とし亭松倉長門守高来之城に下着鍋島先
手之人数を唐子迄押出し関東ゟ茂 上使と
して歴々を指向けらるゝと注進日々頻にして事
難儀に及ふに依而宗旨之人々寄合評議既に一
決し亭原之古城を拵へ籠城之覚悟究地之利を
鑑み普請して兵具を調へ夫々之持口を定め申
与巨細に申送り希連は好次聞て驚宗旨之者を
集め僉議し天草宗旨之者共に当所之?地を構
て原之城を後詰に与内々用意を致しけるか冨岡
之後詰与して忠高自身向と云又細川越中守家
来之者数千之人数を催し加勢之為に向ふ候と云然
は天草中之案堵は難叶被覚ゆ連いさ四郎与
一所に原城に籠らんは如何与申けれは門徒之者