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も用心して各原江加勢として既に慶向を催し
ける爰に甚兵衛好次か最愛之娘に生年十八
に成しを大矢野村百姓所縁を結置堂りし
が彼娘之夫は去る初冬之頃ゟ肥後国球磨本
江至り宗旨を催促したりしか隠謀顕已連禁獄せ
ら連亭在希連は彼娘を好次上津浦へ招
寄父一所に在し程に今度原に連行て憂目
を見せんも流石不便に思ひ又上津浦に残し
置他人之心苦をさせん茂哀也兎や角屋と
案し煩ふ處に彼娘推察して父に向け申様吾
慈母常に被申して夫武士之戦場に而思はす不
覚を取事は故郷に妻子を置愛念深ほた
されて後日之恥辱を不顧と社古江ゟ茂云
伝ふ已等も嫁め後夫之大事に及なとは先立而
死扁しと教江給ふ事を今日之上と存也と紙
之遺書を形見し亭其暁に自害す好次哀と乍
思極月九日天草郡之宗門弐千七百余之男女
童迄不残召供し原之古城に取篭る
天草軍記曰十二月八日諸勢有江村堀之内江
着陣し陳所之道筋敵徒之明屋不残焼払