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金銀米銭を押取へき手立に而天草ゟ長崎江
向て乗舩し沖中に押出春処に唐津勢数拾艘
之舩に而漕渡し海中に而彼輩与行逢而戦ひ
し尓彼輩舩軍に方便無沖中ゟ取て返し島原
之城に楯籠る
並河氏覚書曰敵共は上津浦与申所に要害を構
居申候に付十二月九日に冨岡之惣人数押出
し上津浦之近所大島子に而押詰申候得者八
日之夜に敵共上津浦を明退有馬江つ不之申
候舩に乗おく連候敵共山林に隠し居候を百
余生捕申候此者共白状仕候は其前野山共に
昼夜騒動目に者不見候而大軍に而寄懸来り
候と思已連中々答江被居不申候故ふ残皆々
原之城へ引取申候由語り申候扨細川中務少
輔立孝公一手大島子之山之阿なた栖本河内
に陣取同越中守様ゟゐ御加勢小笠原備前籏
拾三本清田石見幟七本右之弐組上津浦之近
所山上下に陣取味方は皆々大島子に野陣仕
居候然処に兵庫頭殿下り被申候舩中ゟ先江
天草を見斗之ため並河兵右衛門を被越に付