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古郷にト斎《割書:是 は|済使也》両人之隠居人を斥候に被差
下
島原征伐始末別記曰黒田甲斐守長奥十二月九
日在所到着
又曰黒田東市正十二月九日在所到着
細川家島原軍記曰十二月九日熊本人数大矢野
之内柳瀬戸迄押詰及晩景に舩に乗組申候
十日甲辰
天草軍記曰十二月十日上使以下惣勢原之城江
押寄一同に鬨声を発し鉄炮に而打合候鍋島
人数も同日着陣申候城中ゟ鉄炮夥敷打出し
候間鍋島人数手負死人数多有之松倉勢時枝
宇右衛門鉄炮に当り即時に死す其外手負討
死数多有之今日筑後柳川之城主立花飛騨守
宗茂之子息左近将監忠茂五千余人を卒有馬
北岡江着陣直に原之城へ被向候是は父在江
戸故陣代として江戸ゟ下向
有馬日記曰十二月十日今日ゟ敵城を取巻城内
には白布旗にクルス之印を立たり要害奠大