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翻刻
之躰也は寄衆仰天春
松平氏覚書曰板倉内膳正は十二月十日之早朝
に有馬原之城迄押付松倉人数与鍋島人数を
以則城を取加古む有馬玄蕃人数立花人数は
後楯にして置多里ける
別当杢左衛門覚書曰極月十日に原城に押寄互
に鬨を合せ鉄炮に而打合申候長門守殿陣に
者時枝宇右衛門与申者鉄炮に当り相果申候
下々に者手負多く御座候鍋島殿御陣所にも
手負死人御座候由承り申候其日は其所に而
御陣場被成候事
黒沢佐太夫岸半右衛門島原一揆之時節働之覚
曰極月十日諸勢押寄鬨を上け城中に而も鬨
を合せ候事夥し鉄炮勢里合在之其日鍋島安
芸守鉄炮たん春切支丹方江奪取申候也
佐野弥七左衛門覚書曰松倉惣人数同十日四つ
時原之城江到着則鍋島殿人数与松倉人数与
城へ押寄此原之城之名古来新之者春之城与
申候得共 上使以下以後原之城と何も申候
故所之者も原之城与申候事