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り居候に付天草与り舩に而渡す処に内膳十蔵
榊原飛騨守馬場三郎左衛門尉有馬原城を
取かこみ築山抔つかせ石大矢大筒うたせらる
ゝ籠城之一揆原弐万余女を添而者三万弐千
茂有候得きか寄手之勢は都合弐万千之人数を以
有馬原之城を取かこみ寛永十五寅之正月
四日迄右之人数に而城越取かこ無也
十六日庚戌
勇功記曰十二月十六日之朝兵部太輔内膳
殿之御陣に到給松倉長門守殿立花左近将監
殿鍋島紀伊守殿同甲斐守殿茂此頃下着
有けるか是茂御下知を請給ん為に上使之
御陳に参?せら累内膳殿宣希るは近口攻口
を配定而城を責取ん方便をなすべし然
者城外見分与して家老之面々を差出し
給?しと其外彼是評議有て各退出せ
らる其日之暮方に立花殿家老十時三
弥稲次壱岐方江使を馳け明日此辺見積と
して御出有は御同道申度与な里然者此方