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又曰十二月十九日之夜寄手之勢江板倉内膳正
申付候様は寄手之惣手ゟ時之声を上て惣責
をし而城中之様子を見よ又は西之方之松山
をは取ら連へき様ならは鍋島人数に而取候
得与申付る処に立花飛騨守子息之左近太夫
思様は西之松山之手を取ならは東之三之曲
輪江乗入可申迚立花人数は三之曲屏際迄乗
かく連共城中ゟ厳敷防き戦ふに寄て人数多
討連て乗事なら春殊更松倉長門守人数立花
人数之例に居たり希るか大将ゟ下知無き迚
軍法を守りて立花人数を見殺してかゝらさ
りけ連は塩抜して立花人数も陣所江引多り
希る心有人は松倉軍法を背て茂け様之次く
を以て無二無三に乗込実否を遂らへき事也
と目越引き口をつ不めて居者多かりけり
佐野弥七左衛門覚書曰極月十九日夜に入松倉
責江三之丸堀切之処江立花殿人数脇道ゟ横
様に松倉仕寄之先江備を立夜半時分ゟ鉄炮
打合申候岡本新兵衛此躰を見て阿連見よ此
方之責口之先奪ひ取鼻明けさせんとの工之