キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 74

ページ: 74

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又曰十二月十九日之夜寄手之勢江板倉内膳正  申付候様は寄手之惣手ゟ時之声を上て惣責  をし而城中之様子を見よ又は西之方之松山  をは取ら連へき様ならは鍋島人数に而取候  得与申付る処に立花飛騨守子息之左近太夫  思様は西之松山之手を取ならは東之三之曲  輪江乗入可申迚立花人数は三之曲屏際迄乗  かく連共城中ゟ厳敷防き戦ふに寄て人数多  討連て乗事なら春殊更松倉長門守人数立花  人数之例に居たり希るか大将ゟ下知無き迚  軍法を守りて立花人数を見殺してかゝらさ  りけ連は塩抜して立花人数も陣所江引多り  希る心有人は松倉軍法を背て茂け様之次く  を以て無二無三に乗込実否を遂らへき事也  と目越引き口をつ不めて居者多かりけり 佐野弥七左衛門覚書曰極月十九日夜に入松倉  責江三之丸堀切之処江立花殿人数脇道ゟ横  様に松倉仕寄之先江備を立夜半時分ゟ鉄炮  打合申候岡本新兵衛此躰を見て阿連見よ此  方之責口之先奪ひ取鼻明けさせんとの工之