キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 73

ページ: 73

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 江諸将幷諸手之家老を集め相達候は明日一  行有之候未明に松山を攻候はゝ賊徒松山之  方に人数を出し防戦可仕其時追手ゟ攻入変  に随ひ諸手一同に討入可攻落与下知せら連  候依而立花左近将監は追手之先陣松山攻口  は信濃守陣場に而候間可攻由被相定候其節  親族家老諌早豊前席を進み松山出丸幸陣所  之前に候間矢入之儀豊前一手に被仰付被下  度由申達候処多人数は不可然足軽百人斗に  而鉄炮打懸可然候足場悪敷所多り共不構打  懸け可申候尤敵を帯引よせ候為に候得者踏  留候半而茂ふ苦候相図之貝を立候節は早々   引取候様に被申聞候左候而夜半ゟ諸手一同  に鬨を作り鉄炮を打懸け申候 松平氏覚書曰大将内膳正鍋島人数松倉人数に  何事を申付連ど埒明兼申に付有馬人数与立  花人数をも十二月十九日に先手江申付る有  馬玄蕃頭子息兵部少若き大将立花飛騨守子  息左近太夫茂若き大将な連は不斜越ひて先  手陣場を受取仕寄之仕度茂致たる也