翻刻
のみなり因て覧人笑を免し給へかし
抑当国善光寺三尊弥陀如来の来由は遍く
世の信仰にしる所にして霊験殊にいちしるし
三国伝来の伝書より人皇三十代の帝
欽明天皇の御宇にはしめて日の本に渡らせ給ひ
三十六代の帝 孝極天皇蘇生ましますの
縁に寄昔時本多善光へ勅命あり諏方の国へ
供奉して安置まします今呼て伊奈郡座光寺
是なり天平三壬寅年諏訪の国を信濃の国に
あらため同国芋井の郷に遷し奉る此時高
島の郡諏訪明神の神職奈何の縁に寄てか
本多善光と倶に供奉し一山のうちいまの
中州に血脈を止めて連続すと云々今もなほ
御仏御超歳の御宮なりとて恐多くも
公義御普請の一宇において師走二ノ申の日の
夜尤秘密にして行之此夜にあたりて市町の
人家はいふもさらなり鳥獣たにも小声一言を
慎すんは必神の崇ありとてひそまりかへつて
恐怖す御超歳の首尾能済たる事を大鐘四方に