翻刻
建といへとも入仏再達の金も延引におよひ
尊像を焼跡に安置奉りぬ慶安三庚寅年
出入相□七ヶ年過寛文六丙午年四月十五日
御堂へ遷し奉り元禄元年始て如来
堂建替の願ありて諸国に勧化あり元禄
十二戊寅年【*】唯今の場所へ地祭りありて
普請はしまる同十四庚辰【*】年七月廿一日
下堀小路より出火南風烈敷御堂も財【材】木も
類焼す固落【?】再国〳〵勸化これあり同十
六癸未年より普請はしまる此時御両院
より熟願ありて松代御城主様より普請
支配として諸役人を給ふ惣奉行山田□を
始として上下の人数百二十五人御配役の次第は
別錄に委鋪して爰に略す元禄十六年末の
八月年号改元あつて宝永四年亥迄五ヶ年を
経て建立あり□善光寺御堂は大
伽藍にして遍久世の人の知る所なりと
いへとも纔に五ヶ年の建立全成就なる事
尊敬すべしそのあらましを爰に記すに
御本堂《割書:桁行二十九間三尺一寸五分|梁行十三間七寸五分》高さ石居より箱棟迄九丈
【*:年と干支が合っていない】