能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 19

ページ: 19

翻刻

村代田村梨谷小山村をへ経て堀枩村へ出る往来あり 大津ゟ堀枩迄弐里あり本馬駄賃八拾文也此辺ゟ金 沢往来也又西ノ方印内村八田村栗山村三ヶ所紙漉く 所也又田鶴浜往来に金ヶ崎とて冷水有此崎の海中 に手とられぬ金未見ゆる事有しゆへに名とすといへり 又白浜村往来也白比古の神社立給ふ 又三引村近し赤蔵山本宮寺とて高嶺あり推古 天皇の御祈願所にて昔は七堂伽藍御建立あり 六拾余坊建並て霊地の大寺なりしを兵乱に炎 上して奥院二王門迄残り有しを其後長家ゟ再興 ありて纔に奥の院講堂栄春院怡岸院二坊今 にあり寺領七名山方廿町長家ゟ寄附しかも高嶺に して霊地也鹿卜【麓?】奥本社へは廿丁登る也赤蔵権 現本社千手観音也拾五丁に御手洗池有冷水にて 清き事限なし講堂本尊は弘法大師作五智如来 丈六の金像の大仏五躰安置あり霊場にして石動 山に準る山也真言宗也又亀山天神とて鹿卜【麓?】に立せ 給ふまた又近比まて赤蔵山は両部習交にて神主長尾