翻刻
村代田村梨谷小山村をへ経て堀枩村へ出る往来あり
大津ゟ堀枩迄弐里あり本馬駄賃八拾文也此辺ゟ金
沢往来也又西ノ方印内村八田村栗山村三ヶ所紙漉く
所也又田鶴浜往来に金ヶ崎とて冷水有此崎の海中
に手とられぬ金未見ゆる事有しゆへに名とすといへり
又白浜村往来也白比古の神社立給ふ
又三引村近し赤蔵山本宮寺とて高嶺あり推古
天皇の御祈願所にて昔は七堂伽藍御建立あり
六拾余坊建並て霊地の大寺なりしを兵乱に炎
上して奥院二王門迄残り有しを其後長家ゟ再興
ありて纔に奥の院講堂栄春院怡岸院二坊今
にあり寺領七名山方廿町長家ゟ寄附しかも高嶺に
して霊地也鹿卜【麓?】奥本社へは廿丁登る也赤蔵権
現本社千手観音也拾五丁に御手洗池有冷水にて
清き事限なし講堂本尊は弘法大師作五智如来
丈六の金像の大仏五躰安置あり霊場にして石動
山に準る山也真言宗也又亀山天神とて鹿卜【麓?】に立せ
給ふまた又近比まて赤蔵山は両部習交にて神主長尾