能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 22

ページ: 22

翻刻

かたきに湯の薬師堂は村の後なる山にあり此尊像 を横になし奉れは湯忽ちに潮となり熟き事なし 普請仕廻尊像を直し奉れは又湯脇だし湧出て常の 如しかゝる奇瑞あると難有事也折傷の類ひ瘡 毒抔は治せすといふことなし霊場也所口ゟ和倉へは陸 地は弐里あり間に祖浜石崎松百津向抔と村々有 石崎村は少高にて加越能の海を釣指調抔して 海上を家にしてかせく也公領也曽浜村も公領也 宝屋とて能き百姓有松百村は私領也蛇の酢とて 名物ありがうなといふ貝の鮓也入海に渡せる橋あり稀 にして橋場風景也此入海の奥に直津村とてあり 此氏神は海ゟあかり給ふ大石也少彦命の像石といへり 此村ゟ所口往還へ出るに近し又所口へ松百村ゟ行は浜 伝ひ津向村を経出る也    誰をしも松百の里に千代かけて     海にわたせる橋のかよひ路 又田鶴浜ゟ金沢にの往来西海道又は能登郡海道とも いふて往還也是を海道と唱へるは往古能登の国は