翻刻
なり又御神輿往来七日の内は灰汁をつかわす是は
昔気多の御神御通りの時水を乞給ふに取違ひ
灰汁奉りし因縁なりといへり又此村の一向宗西永
寺といふに親鸞上人の御影自作の木像有又一青
村近し此村に昔弘法大師水を乞給ふに進さりし
ゆへ井戸掘ても喰用に立水なし又此村の孫七郎と
いふ古き百姓の境内に蔦菜出来る池有又黒氏村
続き也法泉寺といふ御坊に御名号に色々奇瑞の宝
物有七月盆中はひろめあり又良川村は田鶴浜ゟ
の馬次也弐里廿七町あり本馬百七文軽尻六十三文
人足五拾壱文也能登比古神社立給ふ祭礼毎年十
月廿一日にて同所愛宕の社へ御幸あり此村の市楽と
いふ百姓ありて此者廿日夜丑の刻に本社を開き御神体を
おひ奉りうしろあゆみに運ふ事也今は略して草鞋を
さかさまにはきあゆむ也翌日愛宕の社にて祭礼有
神主は清水氏也石動山神主兼帯して此村にあり
一国の触頭也又山田寺真言宗有本尊春日の作の
観音也当国廿番の札所也能登彦神社の別当也