能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 24

ページ: 24

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なり又御神輿往来七日の内は灰汁をつかわす是は 昔気多の御神御通りの時水を乞給ふに取違ひ 灰汁奉りし因縁なりといへり又此村の一向宗西永 寺といふに親鸞上人の御影自作の木像有又一青 村近し此村に昔弘法大師水を乞給ふに進さりし ゆへ井戸掘ても喰用に立水なし又此村の孫七郎と いふ古き百姓の境内に蔦菜出来る池有又黒氏村 続き也法泉寺といふ御坊に御名号に色々奇瑞の宝 物有七月盆中はひろめあり又良川村は田鶴浜ゟ の馬次也弐里廿七町あり本馬百七文軽尻六十三文 人足五拾壱文也能登比古神社立給ふ祭礼毎年十 月廿一日にて同所愛宕の社へ御幸あり此村の市楽と いふ百姓ありて此者廿日夜丑の刻に本社を開き御神体を おひ奉りうしろあゆみに運ふ事也今は略して草鞋を さかさまにはきあゆむ也翌日愛宕の社にて祭礼有 神主は清水氏也石動山神主兼帯して此村にあり 一国の触頭也又山田寺真言宗有本尊春日の作の 観音也当国廿番の札所也能登彦神社の別当也