能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 27

ページ: 27

翻刻

ありいかにや鵜浦村にも有此所御収納蔵は長家領分の時 ゟの御蔵といへり田鶴浜ゟ飯山廿五里余あり       爰に美少年あり風雅にしてしかも才       学也即旅泊の徒然を語る事良にして       別る候日とはなりぬ少年かくも名残をお       しみけ      場■羅露か洞かあさもよひ  少年       乙島の名残りいつか扨又  ■       田鶴浜ゟ弐里弐町本馬八拾三文軽尻五十   所口  四文人足四拾弐文山道にて人家なく併も       坂なく地平也 此所口は一国の国府にして諸商売の問屋等有家数 六千軒といへ共四千軒計有町奉行支配にて一方在住 御塩奉行一方在住是は御郡破船奉行兼帯有小代官 六人町附足軽拾人山廻役四人是は宇出津山奉行の支 配也町年寄六人肝煎両人銀座壱人其外諸人多し 古き町人有中にも氷見屋何某は一子常学坊といふ者