翻刻
又東西へ流るゝゆへに二保【俣の間違い?】川ともいふて所口町へ流て
所々橋有源は田根村山ゟ流て府中のは浜へ出るなり
又府中村山王権現は神主大森氏也毎歳四月中
に申ノ日は祭礼也侍従卿ゟ神事にて国府の大祭
也本宮へ神輿御幸有町中御領分一の大き成立物山
等有夥敷賑敷也
又岩屋の水とて冷水有洞の内に水坪ありて所口
数百軒の酒屋其外多の民家汲といへ共纔の水坪の
水かわ【「わ」は不要?】るゝことなし不思議の霊水也其洞の有様松山
の風情下行水の清き事風景類ひなき所也一山
窕?にて洞の奥深きと見へて鮲(コチ)といふ魚ぬし
とておふく住む也
幾千年汲とも尽し清くすむ
岩屋の水の流れ久しき
此所口は七尾といふて昔城下にて松尾山の古城の
鹿下【「ふもと」?】にありて今も古七尾村古屋敷村古城村抔とて
少し山手にあり又七尾といひし事は此城山に菊の
尾竹の尾梅の尾松の尾亀の尾虎の尾龍の尾と