能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 35

ページ: 35

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此村ゟ一ノ宮まて拾三里有此いわれは昔小嶋の御神此礒 に寄給ふ一ノ宮の御神と夫婦になり給ふ又御中悪敷也 越後の国能生へ飛給ふ委は一ノ宮の所にあり此村御 門主の神社立給ふ又山崎村といふに阿良加志彦神社 立給ふ少彦の命の像石也又庵村に賞見といふ石 動山権現を移し奉しいかけ山といふ本名は笊籬 山也昔五十四坊ありし也今は権現社則当三坊有 又山崎村奥山に鵜目嶽とてあり観音堂あり当国 順礼三番目の札所也難所ゆへ大方は鹿渡嶋の観音 に札を納る也角嶋ゟ氷見境大泊村迄六里あり須能村 は脇瀉村といふて是は越中氷見の庄也      見せはやな君を松尾の浦霞       嶋かくれ行船そつれなき 又嶋の路は長五里幅壱里半村数廿ヶ村浄土宗拾 一ヶ寺惣名を袋嶋といふ名所記抔には只能登の嶋山と あり万葉集に      とふさ立つ舟木伐るといふ能登の嶋山       けふみれは木立しけしも幾代神ひそ