能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 36

ページ: 36

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此哥は伊夜比咩の神社にて始て船木を神詫あり 伐し所といへり伊夜比咩は二穴村の神明宮なりといへり 今は向田村の八幡宮をいへり昔は鰀目八家の庄とて八 ヶ村ありしとなり其昔泰澄大師の御弟子臥りの行 者は此嶋の路の人にて元亨釈書に曰大宝二年 有_二抄少沙弥_一自_二能登嶋_一来 ̄テ謁 ̄ス云々臥_二雪裏_一澄名 ̄ヲ為_二臥 行者_一□有此行者の母の住る所を祖母ヶ浦村といふて 其塚とて今にあり此ふせの行者は明暮眠り伏し て異術あり常に住ける所を閨(ねや)村といふ寝(シン)嶋と て観音堂あり昔は大楽寺とてありしに今は寺な し此観音は臥の行者の鉢の子の中に観音の 像有といへり霊像にて奇瑞あり又元亨釈書に 曰逢_二北海積船_一飛_レ鉢乞供 ̄ヲ云々是臥の行者の鉢子 飛行して沖漕く船に供を乞ふ其至る船の者 とも供物与へしとなり或時出羽の国公米千石積し 船此川を通しに此鉢子来りけれ共上乗せし浄(ヤス) 定(サタ)といふもの一粒もゆるさすありしに忽ち千石の船 中の米虚空へ飛行此事を臥の行者へ行浄定