翻刻
此哥は伊夜比咩の神社にて始て船木を神詫あり
伐し所といへり伊夜比咩は二穴村の神明宮なりといへり
今は向田村の八幡宮をいへり昔は鰀目八家の庄とて八
ヶ村ありしとなり其昔泰澄大師の御弟子臥りの行
者は此嶋の路の人にて元亨釈書に曰大宝二年
有_二抄少沙弥_一自_二能登嶋_一来 ̄テ謁 ̄ス云々臥_二雪裏_一澄名 ̄ヲ為_二臥
行者_一□有此行者の母の住る所を祖母ヶ浦村といふて
其塚とて今にあり此ふせの行者は明暮眠り伏し
て異術あり常に住ける所を閨(ねや)村といふ寝(シン)嶋と
て観音堂あり昔は大楽寺とてありしに今は寺な
し此観音は臥の行者の鉢の子の中に観音の
像有といへり霊像にて奇瑞あり又元亨釈書に
曰逢_二北海積船_一飛_レ鉢乞供 ̄ヲ云々是臥の行者の鉢子
飛行して沖漕く船に供を乞ふ其至る船の者
とも供物与へしとなり或時出羽の国公米千石積し
船此川を通しに此鉢子来りけれ共上乗せし浄(ヤス)
定(サタ)といふもの一粒もゆるさすありしに忽ち千石の船
中の米虚空へ飛行此事を臥の行者へ行浄定