能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 43

ページ: 43

翻刻

北陸道七ヶ国の大社御朱印を以毎年三度の知職米 とて勧進有社領百五拾石本社御修覆あり今また 繁昌して諸堂諸坊■て結構なり毎年三月廿 四日六月四日は権現祭礼にて講堂におゐて大般若経 講読あり人形立物山等ありて賑敷諸人此日多登山 する也誠に大地といひ霊山也委は明暦年中に林 羅山□の書れし縁起等あり本道此弐二ノ宮ゟ登る也壱 里半の道程芝山 裸(ハタカ)地四ッ谷阿弥陀ヶ嶺護摩堂 抔とて難所の古戦場あり裏道七尾の城山の脇ゟ 登り田根越とて所口より三里あり又田根村とて石動 山の寺領百姓有此村に石動山勅使の宿せし者の筋 とて百姓に四位といふ者有石動山ゟ越中氷見へも 三里あり石動山一山は枩木一本もなし是は此山の山神 宝山和尚に枩の木代まいらせしとて永光寺には 松おふくあり      ある時此田根越とてのほる折から    ぼつ〳〵と男苗植る山田■なし 又越中へ越ゆるも此二ノ宮ゟ登る也荒山越といふ