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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 111

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                        二一八 当広いやうに思はれます。  台地を南へ下りて梅田川を渡ると左手の田圃の中に森があります  これはフグの森と呼ばれ、植田町車神社の所在地です。 車神社   の社地は立派な前方後円墳でして、神社の名はこの古 墳の俗称車塚から来たものでありませう。これと同名の神社が八名 郡八名村にも一社あります。神社はその古墳の後円部に建てられて 居り、明治三十六年七月に大野雲外氏が調査に来られて、発堀をな し、色々のものを発見されましたし、又以前に発見して神庫に保存 されてゐるものを研究して帰られまして、その結果を人類学雑誌二 十巻二百三十号に発表されてゐますが、珍らしいのは三鈴のついた 杏葉と三十三個一連の出雲石の管玉でせう。外に硝子製の曲玉、鉄 刀片などがあります。  此社の神様は昔船で来られましたが、上陸の時暴風雨の為に船が 転覆したのをフグに救けられて無事上陸されたといふので村の人は 決してフグを喰べない習慣ださうです。又古来宮座があつて多少は 変つて来ましたが、今に行はれて居る事は珍らしい事と思ひます。 この社から西に当る大崎には古城址があります。領主中嶋氏の居館 で慶長五年から引続いて明治初年に及びました。その近くの龍源院 はその菩提寺でありまして、境内には天然紀念物に準ずるお葉付銀 杏の老樹があり、樹勢は今尚熾んで年々多数の結実を見せて居りま す。  以上で市内の御案内を終り、一歩市外へ出る事になります。 大津神戸  は老津村にあります。維新前は大津と書きましたので 今でも老津と書いてオウツと呼びます。この村は文治元年の太政官                         二一九