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翻刻
二二六
城址一帯は公園として町で経営してゐます。
池の原邸 は渡辺崋山の遺跡で城址から少し距れた処にあります
崋山が蟄居し自裁した場所ですが其家は己【已の誤植か】になく、礎石が復原して
保存されてゐますのと、外に崋山の銅像及び東郷元帥の書かれた紀
念碑とがあります。崋山の筆蹟はこの地方処々に残つてはゐますが
中でも巴江神社と、この町の有志によつて組織されてゐる崋山会と
にその代表作が網羅収蔵されてゐるとの定評です。
崋山墓地 は駅に近い城宝寺にあります。夫人の墓と並んで居り
ます。至つて小形な墓石で、これが偉人崋山の墓かと驚かされる位
です。明治元年に息小華が建てたものでして、その小華の墓もこれ
に近く建つて居り、この方は関根痴堂の撰文です。
城宝寺古墳 はこの寺域内にありまして、横穴式の大古墳です。
南に向つて開口し、奥壁に沿うて二三の石仏が安置してあります。
玄室も羨道も完備し、東三では馬越の長火塚に亜ぐ大規模のもので
すが、発堀されたのは遥か以前の事で遺物も記録も伝はつてゐませ
ん。頂上には弁天堂が建つてゐまして、多少形態を損じてはゐます
けれど尚よく当初の偉容を偲ぶことが出来ます。
芭蕉句碑 は龍泉寺にあります。句は
「すくみ行くや馬上に凍る影法師」
とあり、これは貞享四年保美に居ました杜国を訪ねる途中天津畷
での吟です。碑は天明二年に出来ましたが適当の場所がなく其侭に
なつて居たのを、後年この寺内へ建てたといふ事です。
吉胡貝塚 はこの方面で私共が最も関心を持つものゝ一つで、場
所は町から十町許り距れた字矢崎といふ処にあります。此処は大正
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