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翻刻
二三六
泉福寺 は大字山田にありまして、天平二十年渥美重国の建て
たものといはれる古い寺です。その重国はこゝの郡司で泉村に住ん
でゐたと伝へられてゐますが、渥美は安曇で白水郎をアマと読み安
曇の一族ですから、白水の二字を合せると泉となり村の名も寺の名
もこれによつたものといはれて居ます。神戸村の大泉寺にある誕生
仏は寺伝によると渥美氏の祖先渥美白水から伝へたものといはれ、
支那六朝式のものです。又知多郡野間の大御堂には大勧請栄源奉施
入三州渥美郡泉福寺拝殿、元応二年八月日と刻んだ錫杖があります
し、伊良湖岬村和地の医福院には正和五年六月十日三州渥美郡山田
郷泉福寺東坊云々の奥書ある大般若経のある事などから見て余程古
くから栄えた寺といふ事が出来ませう。
経瓦 保美の海宝天神社にある経瓦は附近の経塚から発見さ
れましたもので、尊勝陀羅尼経が殆んど揃つて居ます。書体から見
ると平安朝のものらしく、外に又伊勢の天神山で発見された経瓦に
は承安四年六月渥美郡伊良湖郷の銘があり、更に東観音寺には其頃
のものと思はれる立派なものが残つて居るのを見ますと、文化的に
見ても面白いものだと思ひます。
次の伊良湖は福江から殆んど南に当つて居ます。此処は渥美郡の
突端で、知多郡師崎とで三河湾を造り遥かに伊勢と相対して居ま
す。
此地を万葉集にある五十良児島とする事は肯定されませんが名所
であることは間違ひなく、道路に沿ふ西方一帯は陸軍の試砲場と
なつて居まして自由に立入ることは許されません。それ許りでな
く有名な伊良湖神社を初め一村全体が他に移され、移されないの
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