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二五四
安楽寺 は清田にあります。小高い丘の上に構へられ本堂も山
門も重層の立派な建築で恐らく東三第一の結構といつてもよいでせ
う。創立は応永十五年、開基は額田郡法蔵寺の開基と同じく龍芸上
人で以前こゝに勧学院がありました。
これは長保二年寂照法師(大江定基)が創立したもので荒廃に及
んでゐたのをこの時再興したやうに云ふてゐます。本尊はその勧学
院の本尊で行基の作といふことです。
この寺が現在のやうに規模を大きくしたのは久松佐渡守の庇護に
よるもので、寛永七年に本堂が出来、宝暦二年に大門、又明和七年
に総門が出来てゐます。境内にはその久松佐渡守の墓が五輪で残つ
てゐます。
清田大楠 は安楽寺の北方にありまして、天然紀念物に指定され
た三河一等の大樹であります。囲りが四丈余、高さが八丈、枝張り
は東西へ八丈、南北へ九丈で樹勢は豪も衰へてゐません。この樹に
つきましては、昔八幡太郎が奥州征伐に行くとき植えたとか、時々
龍灯が上るとか、この木を切ると村中を焼尽くす火事が起きるなぞ
の伝説があり。村人達によつて大切に保存されて居ます。
天桂院 は文亀三年竹の谷の城主松平左京亮一家の菩提を弔ふ
為に松平守親が建てたものです。もとは今の塩津村にありまして龍
台院と云ひましたが、天正十八年松平玄蕃頭の武蔵八幡山転封と共
にその地へ移し、慶長六年吉田へ転封とともに又吉田へ移し、この
とき寺号を全栄寺と改め、慶長十七年再びこの地へ転封して寺を移
し、寺号を母天桂夫人の名によつて改めたといひます。今にその墓
地には代々の墓が残つてゐます。
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