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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 131

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                        二五八  一社あります。 形原神社  は国内神名帳に従四位下形原明神、座宝飯郡とありま す。これには異説がありまして、八幡村八幡社がそれだといひます が、郷の配置から見てこの社と見られるのであります。中世ひどく 荒廃して殆んど所在もみとめられなかつたやうな有様でありました が、其の後復興されたものです。社伝では舒明天皇の十一年摂政藤 原千方公が埴安大神を祀られたのが初めだと申します。吉田の国学 者羽田野敬雄は天保四年此の社に詣でて、    「いにしへの栄へも今は形の原        かた許りなる御社はなぞ」 と咏じまして荒廃を歎きましたが、其の後六年を経て天保十年再び 詣でますとすつかり造営が出来、立派になつてゐましたので、    「かたの原形許りなる御社も       古きに帰る時は来にけり」 と咏んで喜ばれたといふ事が翁の記録に見えて居ります。  以上で豊橋市及び其の附近の名所旧蹟に就きまして大体の御案内 を終りました。それもほんの重立つたものゝ概略でありまして、細 かい点まで申上げますれば際限もありません。のみならず御感興も 湧かないだらうと存じ省略致しました。尚郷土特有の士【土の誤植か】俗なども御 紹介致したいと思ひましたが色々の都合で省かせて頂きました。  最後に補遺でもなく概論でもない、云はば郷土雑感のやうなもの を申上げて御約束の責任を果したいと思ひます。                         二五九