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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 15

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                         二六 松月堂菓子舗  この左側角にある菓子舗の主人は河合岩次君とい ひ豊橋では珍らしい発展家で、階上を喫茶部とする外吉田名菓等を 出し、最も進歩的な経営をやつて居られる代表的商人の一人です。 喜見寺    あの左に見えるのが喜見寺で、ここは新銭町といひ ます。この寺は南朝の元中七年、北朝の明徳弐年に吉見太郎某とい ふものが建てたので、初めは吉見寺と書いたといひます。最初は臨 済宗で鎌倉建長寺の末寺だつたのを、大永五年に禅宗に改め、やは り市内にある、龍拈寺の末寺になつたといひます。もと野口山とい ふ山号でありましたが、このすぐ近くに妙徳院と云ふ寺があり、頽 廃に及んで寛永六年にこの寺へ合併され、その妙徳院の山号が呉服 山なのでそれ以来この山号を用ふる事になりました。本尊は聖観音 ですが、この左手にある文珠堂、それにもと妙徳院の本尊だつた文 珠菩薩像が安置してあります。一尺一寸余りの座像で、多少後世の 補修もありますが、よい出来で藤原時代の作だらうといはれてゐま す。以前喜見寺に、三石、妙徳院に一石五斗の朱印地を貰つてゐま した。本堂が近く新築になり立派になりましたが市街宅地を沢山持 つてゐて、有福な寺ださうです。  少し東へ参りますと、四ツ角です。こゝから左へ参りますと右側  に天神社があります。 天神社    本社は名の通り菅原道真公をお祭りしてあります。 創立の時代は分りませんが、昔羽田の辺へ流れついた神像を、其附 近で祭つたのが初めで、天文の頃岩崎玄朝といふ者が此処へ遷し祭 つたといひます。今のこの拝段は延宝弐年に城主小笠原壱岐守長矩 の造営に係り、殆んど全部が欅を用ひてあります。格天井の絵は天                          二七