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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 28

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                         五二 面積は営内の方が三七、七〇〇坪、練兵場の方が六三、〇〇〇坪合 せて拾萬坪からあり、これを他に移して公園や市街地にしたいと云 ふ意見もありますが、少し大きすぎて、中々実現致しません。  これから追々に東に参ります。この通りは以前士族屋敷のあつた  処で、御覧の通り多少その面影を残したものもあります。  左側のが 県社神明社  此社は天慶三年朝廷から伊勢神宮へ献ぜられた神領 飽海新神戸の地にお祀りしたことになつて居り、以前の社地は城の 東に当る今の練兵場の中央北寄りの処でしたが、其処が軍用地にな つた関係で明治十七年此地へ遷座されました。本社は城の西にある 県社吉田神社と共に古来から此地方の代表的神社で棟札によります と、明応六年に牧野古白、天文十九年に今川義元、天正六年に酒井 忠次がそれ〴〵造営して居り社領は今川氏以来ずつと三十石持つて ゐました。現在の社殿は昭和七年の造営で、未だに木の香が漾ふて ゐますがこれ程整備した建築は附近に一寸見られません。 私は神明社に余り古いのはないやうに聞いてゐますが此社は天文十 九年の棟札に神明御宝殿云々とあり、又海蔵寺と云ふ別当寺のあつ た事から見て、此附近では最古の神明社ではないかと思ひます。そ れに文書記録では戦国時代に遡り得るに過ぎませんが、本社の神事 儀式など見ますと鎌倉時代或は平安朝時代の遺風と思はれるものが 伝へられ、創立の古さを物語つてゐるやうにも考へます。即ち毎年 二月十四、十五日に行はれる本社の祭には神幸の外に俗に鬼祭りと 云つて士烏帽子に小具足をつけた天狗が赤鬼を追払ふ式や、田楽の 遺風といはれるボンテンザラの神事、農作を占ふ榎玉争ひの神事な                          五三