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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 37

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                         七〇 不動院   で古義真言宗、寛文六年の創立といはれます。前庭に あるナギの木は熱帯植物で、大体紀伊が自生北限地となつてゐます から、移植したものでせうが、この木には一つの伝説があります。 それは神武天皇が熊野から大和へ御向ひなされます時に、土地のも がこの木に鈴をつけたのを先頭にたて、御案内申し上げたので、其 功を嘉みし給ひ、鈴木といふ姓を賜はつた。そこで熊野地方から此 辺に拡がつてゐます鈴木姓のものに、此木の葉を紋所とするものが あるといふ事です。  此先にはまだ寿泉寺と神明社とがあります。寿泉寺は延宝八年に 渥美郡大津村から移つて参りました、臨済宗の寺で、神明社は創立 不明ですが、境内に椎の大木許りなのは変つてゐます。又南に当つ て大池があります。面積は十町歩もありませうか、以前は凡そ百六 十町歩の耕地へ灌漑してゐたものですけれど、牟呂用水が出来てか らは利用されなくなりました。此池は承応三年に郡代であつた長谷 川太郎左衛門が考案し。藩主小笠原忠知の許しを受けて作りました もので先づ吉田城の堀へ引いて洗濯などの用をした上、更に耕地へ 灌漑するといつたやうな計画でした。其水道は最近下水道工事の完 成によつて失はれましたが、それまで市中を貫通してゐたもので、 これには元禄六年と宝永五年の二度改修せられた歴史があります。 其西方台地の端に、今上陛下の御野立所があります。これは昭和二 年大演習終了後、当市に行幸遊ばされた際に全市をこゝから御覧遊 ばされた処で、此光栄を紀念する為に、市では土地所有者の寄附を 得て小公園とし、紀念碑を建てゝ後世に伝へる事としました。場所 が少し離れて居りますから参るのは止めませう。                          七一