翻刻
同事業など經営して彌々交りを深めたのである。當時珍
彦君は職を軍隊に奉じ後家庭の主となつて薬店を經営し
其傍ら靑年時代より趣味とする歴史の研鑽にふけり史跡
の研究に努め現に豊橋市史編纂委員を嘱托されて居る。
東三河道中記は君が蘊蓄を語る史眼と文才の現はれであ
るが鄕土人に便益を與ふると共に外來者の為にもよき案
内書として貢献する處偉大なるものがあらう。
昭和十年七月
《割書:豊橋市長|豊橋観光協會長》神戸小三郎
自序
由來東三河の天地には外來者に紹介する程の名所舊跡は余りない
やうに鄕土人自らが云ふ、然るにこの方面を研究して見ると事實は
全く反對で到る處に賞すべき風光があり、語るべき遺跡がある。即
ち決して乏しいのでなく知られてゐないのであるから之等の名勝舊
跡の一般を鄕士【ママ(「土」の誤植か)】人に語ると共に外來者の方々に紹介する案内書が必
要となつてくる。
尤も今迄にこれに關した若干の冊子は公刊されてはゐるが其の多
くは斷片的羅列的で案内人なくしては観光の目的を達する事も出來
ずまして案内書によつて人々の遊意をそヽるやうなものは見當らな
つか【ママ(「かつ」の誤植か)】た、そこで案内書の要らない案内書を目標に書いたのが本書で
ある。従つて本書を手に市内を巡り市外に遊ばヾ案内者の必要もな