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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 42

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                         八〇  これから引返して魚町の一つ北の通りへ出ます。これが札木町、  此東が電車線を越へて呉服町、昨日通りました処で、少し東へ歩  きます。 本陣址   この左手にあるのがもと本陣があつた処でして、その 隣りの小さい家が門だつたさうです。清須屋中西与右衛門といつて 外に江戸屋山田新右衛門という脇本陣がありました。これは後に本 陣に昇格致しまして、桝屋鈴木庄七郎といふのが脇本陣となりまし た両本陣共いまは跡方もなくなりましたが、脇本陣の桝屋の方は少 し西の南側にいまでも宿屋を営業して居りまして、門など当時の儘 に残つて居ります。さつき申し上げました清須屋本陣は、明治元年 九月廿九日と十二月十五日それからその翌年三月十八日の三回畏く も明治天皇様の行在所に宛てられ、その上その年の十月十二日に皇 后様が御駐泊になつたといふ、豊橋としては最も意義深い聖跡であ ります。それが明治十一年の行幸にはもう御用に立てられなかつた といふのですから有為転変と申しますか随分変るものです。このす ぐ東に郵便局があります。西手の三階造りは昭和六年落成しました 電話室で、これが出来ると同時に自動交換になりました。  この局のある処にもと 問屋場   がありました。この問屋場は道中奉行の支配で、吉田 町中六ヶ町で駅馬百疋を負担してゐましたが、幕末頃になると色々 負担が多くなりまして堪へられない処から近郷近在へ助郷役を割当 て、夫れでも足らぬので随分遠方へまで及んだといふことです。役 人は伝馬六ヶ町の中から官選で三人、これは苗字帯刀御免になつて ゐました。その伝馬六ヶ町の総代を年寄といひ、他の町のものを庄                          八一