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翻刻
一一四
したが先づ〳〵天下の珍品といつてよいでせう。その外の仏像によ
い出来のが数体ありまして永正七年の裏書ある懸仏はもと渥美郡杉
山村の或る神社にあつたものです。
昭和二年に柴田常恵氏と此処へ来て拝見した時、氏はこの押合地
蔵は権作だが珍らしいものといはれ、又地蔵堂にある地蔵尊二体は
凡作だが阿弥陀の方は室町初期のものでよい出来だ。然し手と足は
後世附替たものらしく面相に較べると非常に出来が悪い。けれども
これが寺中で一等の作だと褒めて居られました。その横にある宝筐
印塔は享保廿年の出来で、余り古くはないがこれ程形の整つたもの
はこの地方にはないやうです。
この方面には余り見て頂きたいやうなものもありませんから、少
し距れてゐますが、牟呂八幡社へ参りませう。町を出はづれて向
うに見える森がさうです。
牟呂八幡社 は御覧の通り入口が三方にありまして鎌倉の八幡宮
にならつたといひます。社標が特に立派で社殿も新らしく整つて居
る処見るからに心地よいお宮です。創立は文武天皇の御宇といふ説
もありますが鎌倉時代の勧請でせう。然し国内神名帳に従五位上牟
留天神とあるのは此社だといふ事で、すると以前に小祠があつて牟
留天神と呼ばれ、そこへ更に八幡宮を勧請したのではないかと思ひ
ます。
宝物には直径一尺三寸の円板に釈迦三尊を取つけた懸仏がありま
すこれは疑ひもなく鎌倉時代のもので今に金色燦然として実に見事
なものです。恐らく当初の御神体であつたものと思ひます。又神亀
二年二月牟呂八幡宮と彫つた鉄鉾がありますがこれは信用出来ませ
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