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翻刻
一二四
つた処が小坂井で、豊橋駅から豊川鉄道の電車でも、又バスでも
行かれます。小坂井の町に着きますと右側に
菟足神社 があります。延喜式内社で創立は白鳳年間といつてゐ
ます。入口の左側に小さい道しるべがあります。これは羽田野敬雄
が建てたもので、翁は三河国内にある廿六の式内社を数回巡拝して
其案内記を作り人々に巡拝を勧める一方、其廿六社悉くへ道しるべ
を建てました。字句には多少相違がありますが本社のは、延喜式官
社廿六座之内菟足神社とあります。この点でも翁の敬神の念を窺ふ
ことが出来ませう。
其隣りの大きな紀念碑は県社昇格の祝に建てたもので、正面の石
鳥居は元禄四年に吉田城主小笠原良重が献納したものです。此処は
台地の端で前は昔然菅海と云つた平野を眺め、附近一帯が貝塚で台
地の下には清冷な泉が湧出して居り、先史時代人の生活にも適当な
場所であつたと思ひます。
本社の祭神は国造本紀にある穂の国造菟上足尼といふことになつて
ゐますが、これはワタリから転じたと見る方がよいやうに思ひます
これだけの渡りですからそれを守る渡りの神があつてよい筈です。
それにもと八幡社があつて、其処へ平井の柏木浜といふ処から遷座
した事になつてゐます。
宝物には色々ありますが安元元年の奥書ある大般若経これは大部
分揃つてゐますが、伝説では武蔵坊弁慶が通りがゝりに豊川の出水
で渡る事が出来ず、七日間逗留してゐる内に書いて奉納したといひ
ます。これに附属した十六善神の画像は、弁慶かどうかは分りませ
んが時代としては其頃のものです。
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